発展途上のボクらとしては
 



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時折 雪が混ざった突風が吹き抜けてゆく湾内の一角。
今朝がた寄港し、そのまま何の問題もなく埠頭へ横づけした中型の貨物船が一隻、
船員たちが降りてくるでなくの、荷を下ろすでもなく、
何かを待っているものか、寒空の下、所在無げに佇んでおり。
やや古ぼけた船体はあちこちに錆も目立つが、さして怪しい様子でなし、
書類上の審査等も通過しているのだろう、港の監察関係の係官も寄っては行かぬ。
船体へ寄せる小波がちゃぷちゃぷと音を立てているのが侘しく響くほどに静かな中、
不意にバタバタっと甲板を急ぐ気配が立って、船腹へ沿わせるように粗末なタラップが下ろされて。
それへと間合いを合わせるように、一台のタクシーが埠頭へやって来、
降り立った数人ほどのうちの一人が、船の甲板を見上げて “神姫廻船の人かい?”と訊いた。
それが第一段階の合言葉だったのか、

 「ああ。そちらさんは使いの人かい?」

ようよう日焼けした恰幅のいい壮年が、
寒くはないのか、刈り上げにした後頭部を寒風に晒し、
レザージャケットにカーゴパンツという作業着の延長のような格好で見下ろしてきて問い返せば、

 「そうだ。○○倉庫のゼンゾウさんの使いだ。」

こちらはチャコールの暖かそうな外套姿の若い男がそうと返し、
ポケットから無造作に掴み出したのが
キーホルダーの飾り代わりのタグみたいな、それは簡素なフラッシュメモリ。
頭上でぶんぶんと振って見せるのへ、ああと鷹揚に頷いた船長が、
タラップの上がり切ったところに渡されてあった鎖を外し、
さあどうぞと長い腕を伸べて、こちらへと招く所作を取る。
うんと何だか幼い仕草で頷いたその男性と、連れが二人ほどの一行は、
似たり寄ったりなスーツに、
地味だが分厚そうな外套で忌々しい寒さから身を守っているらしく。
陸の者はひ弱くていけないと、
他のクルーらも集まっていたそのまま、乗り込んできた客人らを品定め。
それぞれになかなか容姿の整った顔ぶれだったが、
襟元のやや毛羽立ったマフラーに顎先うずめ、
居心地悪そうに顔をしかめている、撫でつけない髪型のやはり若いのと、
まだ見習いだろう、ニット帽で頭をくるりと覆った
学生といって通りそうな幼いのとをお供に連れた、
そちらは随分と物怖じしない美形の使者殿が、にこにこ笑って先程見せた電子鍵を再び見せる。

 「これを見せれば話は通じると伺っているのですが。」
 「ああそうだ。これを持ってきた奴に、荷を譲れと聞いている。」

無精ひげの似合う男臭さも精悍な船長は、
潮風にはためくジャケットの襟に頬を叩かせると、

 「だが、結構な大きさのコンテナだぞ?
  あんたらトラックは持って来なんだのかい?」

荷下ろしまでは此処の設備を使えばいいが、
それを渡すには
此処の倉庫に一旦収めるにしてもそこへまでの移送の足がいる。
符丁代わりの鍵だけ持って来て、あとのことは考えてないのはおかしいねぇと、
使いだという彼らを愉快そうに笑って見やった船長へ、

 「いいんだ。この船ごと収用するから。」

にやりと笑った小柄な男は、革の手套を嵌めた手を彼ら船員へとかざす。
すると、甲板に居たクルーらが全員、不意にその場から動けなくなった。

 「な…っ。」
 「何だ、こりゃあ。」

肩が背中がいきなり重しを載せたよに重くなり、
何とかもがくように懐からバタフライナイフを取り出した男がいたが、

 「止めといた方がいい。自分の手や足を切っちまうだけだ。」

ふふんと笑った使いの男が言う通り、
ハンドルを開いて刃先を出したところで
操り損ねた鋭い切っ先が手のひらをさくりと切り裂き、そのまま足元へ落ちてゆく。
こんな無様などしたことがない、
手妻のようにそれは見事に操ることで仲間たちからも一目置かれていたはずなのにと。
尋常ではない異様な事態だということがまた、クルーたちを混乱させており。
そんな手合いたちを尻目に、風に鍔がバタバタなぶられている帽子の胴を、
開いた手のひらでぐいと押し込み、飛ばされないようかぶり直した使いの御仁、

 もうお気づきですねの、ポートマフィアの箱入り

 「うっせぇぞ、手前っ
 「…中也さん?」
 「如何されました。」

いきなり何処へ向けてか がなった五大幹部殿へ、
商社マン風にいでたちをこしらえて来た立原と芥川が、
クルーたちを特殊な手錠で後ろ手に拘束していた手を留め、キョトンとしたのも無理はなく。
はあと肩を落としたそのまま、まあいっかとメモリのキャップを外した幹部殿、
甲板の上、他のものと違い1つだけでんと据えられてあったコンテナに近づくと、
二枚を合わせる格好の鉄扉の真ん中に掛かっていた、南京錠型の錠前へそれを差し込んだ。
鍵穴はただの扁平な穴でしかなかったし、ひねるよな動作もしなかったが、

 かちっ、と

いかにもな音がして、頑丈そうな錠前ががたりと閂型の心棒を開放し、
役目は終わったと言わんばかりに受け金具から垂れさがったのを手に取って。
左右それぞれの扉の取っ手をひねってぐいと引けば、
ぎいと鈍い音立てて、簡易の物置のよなコンテナの口ががこんと開く。
もしかして鍵が合わずに爆破が起きても、
中也と芥川の異能を重ねて張り巡らせれば何とか周辺への影響は抑えられたろうし、

 “このっくらいの手並み、あの青鯖がしくじるはずもねぇ。”

取り引きの手筈や交渉場所は、谷崎が情報を集約して乱歩がそこから読み取り、
太宰と敦のたった二人で取り引き現場を攪乱し、
こちらへは余波さえ届けず まんまと符丁を持ってきた見事さよ。

 『大きい仕事が入ってて、国木田くんや賢治くん、鏡花ちゃんが揃っていないわ、
  乱歩さんも谷崎くんを案内に立てて 今日はそっちへ向かっているわ、だったんだけれどもね。』

それでも楽勝だったよと、ツンと鼻をそびやかせていた元同僚の生意気づらを思い出し、
苛立たしげにチッと舌打ちしつつ、
コンテナへ踏み込むと、中に詰められた木箱や段ボール箱に目を落とす。
作業の関係でだろう中央が通路のように空いていたところを進み、
ふと、とあるケースの前で足を止め、
手提げ金具を掴んで持ち上げ、外へと引っ張り出して立原を目顔で呼んだ。
あっと何かへ気づいたような顔になった拳銃使いの青年は、
自分の手套の指先に噛みついて乱暴に脱ぎ去ると、ポケットから小さな鍵を取り出し
それをケースの鍵穴へ突っ込んで開ける。
緩衝材で型が取られた中へ収められてあったのは、
なかなかに立派で武骨な一丁のライフル銃で。
誂えものなのだろう、スコープや何やといった付属品も収められてあり。

 「間違いないっす。これ、ウチの狙撃班が新しく誂えた銃っすよ。」

立原自身は拳銃を得物としているが、
メカニズム論やキャリアアップへの鍛錬工夫などなどの話が通じるからと
そちらの顔ぶれとも親しくしており、
今度新しいのを研究班と開発したのだと聞いていた。
ところが完成品が作り手の元からの移送中に紛失し、
まさかに盗難届を出せるはずもなく、自分たちで捜索した結果、
こちらの銃器の取り引きの荷の中へ紛れたらしいと判明。
しかも、さすがは物慣れておいでのヨコハマ軍警が取り引きを嗅ぎつけており、
到着し次第 捕り物だという不吉な気配をまとっている困った事態になっていて、

 『物騒な取り引きだけに、
  阻止しておくれという依頼がウチへあるやもしれない案件だよね。』

何なら貸し一つということで協力してやってもいいよと、
武装探偵社の名探偵様が
こそりと密会の場を設けてにじり寄って来た素敵帽子さんへそうと提案し、
半端な馬の骨や ましてや公安へも渡すわけにはいかないこの銃を、
隠密裏に取り戻すぞ大作戦に挑んだ次第。
清濁合わせ飲めない国木田あたりが聞いたら、
こめかみの血管が切れそうなほど唸りそうな裏事情だが、
太宰や敦の危急へのフォローをしてくれたこともあったと思えば、
持ちつ持たれつしていいかもというギリギリの範疇な案件だったし。
こういう時の“異能特務課”でもあり…と持ち出すと、
あちらの管理職の御方がやっぱり胃を傷めそうだけど。
双方が現在停戦中であることや、これまでいろいろと共闘してきた功績を酌み、
敢えて見ないふりをし、それどころか少々人手不足な探偵社側の加勢として、
軍警の機動部隊への出動要請まで発してくれて。
こうして無事に、後世“幻の名器”と呼ばれるやもしれないライフル銃を取り戻せたわけで。

 「よぉし。そんじゃあ撤退と行こうか。」

この船のクルーたちは、
自分たちとは入れ違いで駆けつける武装探偵社経由で軍警へ引き渡される。
空き倉庫で直接取引していた顔ぶれと共犯という扱いとなり、
身柄確保の下ごしらえっぽいことをしていった連中がいたことなんて、

 『おやおや、
  そんな…人知れず警察の手助けをするよな奇特な人らが
  このヨコハマにも居たんだねぇ。』

探偵社の人間も知らぬ存ぜぬと素っ途惚けようから、
どう主張しようとせいぜい
密輸銃器の中から上前はねて掠め取った奴らがいたらしいと受け止められるだけ。
もしかして意図的にこの銃をと狙って盗んで加えていたならならで、
ポートマフィア相手にこれで済んだだけでも穏便な処断だと受け止めるしかないわけで。

 「じゃあな。
  窃盗団やその取引相手との関係がないと証明されっことを祈りな。」

せめてもの弁明が適うならそんなところと、親切にも仄めかし、
乗組員らの手首と足首とを拘束したまま、件の銃をケースごと抱えて立ち去る彼ら。
ポートマフィアとしての面子も保ててやれやれだと、
船から降り立ち、埠頭の搬入道を急ぎ足の徒歩にて離れる。
その途中で新旧入り混じったそれが混在する倉庫街の路地に入って、
頑健そうな壁へと凭れ、待ち受けていたダッフルコートの君と
ダウンジャケット姿の少年という二人連れと擦れ違いざまに、
さっき預かったメモリ型の電子鍵をお返しして、

 「じゃあな。」
 「じゃあね。」

太宰と中也が一瞥だけを交わして擦れ違った、…まではよかったが。

 「お…。」

一際強い風がぶんっと吹き抜け、それへもぎ取られた黒い何かが宙を舞う。
はっとして芥川が身構え、まとった外套から繰り出した“羅生門”も、
いつもの外套ではなかったその上、風にあおられたか標的からやや外れてしまい。
ひゅんっとそりゃあ素早くかっ飛んでったそれは、
倉庫群の隙間を巡る隘路を眼下に置いてけぼりにして高々舞い上がり、
誰の手も届かぬ存在になりかけたものの、

 「えいっ!」

傍らの壁を蹴り、それは瞬発力よく跳ねて飛び上がったダークグレーのダウンジャケット。
降りしきる雪に溶け込みそうになった白銀の髪を風になびかせ、
凄まじいばねで高々伸びあがると、
えいと思いきり伸ばした腕の先、虎の爪もちょこっと伸ばしてその先へ引っかけたのは、
敦少年も大好きな、男前幹部殿が愛用の素敵な黒い帽子。

 「おっとっと…。」

捕まえたはいいが、爪で切り裂いては何にもならぬ。
素早く引き寄せ、異能を引っ込めた手へ収めたものの、
手元にばかり集中したほんの刹那の不注意から、その身の均衡が崩れたようで。

 「敦くんっ!」

首から頭からの落下となりそうな落ち方へ、居合わせた顔ぶれがぎょっとする。
空中にある身を自力だけで立て直すのは翼でもない限り不可能で、
咄嗟に足掛かりはと見回す隙さえないよな滞空、いやさ落下の状態へ、

  風雪混じりの突風を覆うよに、漆黒の疾風が突き抜ける

勢いよく飛び掛かった黒い奔流は、
虎の少年の胴を捉えると、ぶんっと中空にてその鎌首をしならせ、
軽く振り飛ばす格好で体勢を整えさせ…たかと思いきや、
勢い余ったか びたんと尻からの着地へと帰着させた辺りが、

 「い……った~~~いっ!

 「あ…。」
 「おやまあ。」
 「ありゃ。」

首から落ちなんだとはいえ、なかなか悲惨な結果と言えて。
自重も加速による衝撃倍加も多少は軽減されたようだし、

 「済まんな、精度が絞れぬ。」

一応は謝った黒獣の君だったものの、
余程に痛かったか、宙から引き落とされた側が暁色の双眸を吊り上げる。

 「雑なんだよ、ちゃんと降ろせないのかっていうのっ。」

日頃も衝突の多い好敵手同士だ、
こんな瑣事(?)でもつっかるネタには十分なんだろなと。
ライフルのケースを下げたままの立原が
マフィアと探偵社のそれぞれが誇るホープ格の睨み合いに
ただならぬ緊迫を察して息を飲む。

「笑止。そこいらの雑猫でも、
 二階家から造作なく脚から落ちてそのまま駆け去る。
 貴様はそんな猫らにも劣るのか。」

「うっさいなっ。
 ボクは虎…じゃあなくて、普通に人間なんだよっ。」

感情的になって怒鳴った敦だったのへ、一応は謝った芥川もムカッと来たらしく。

 猫でも虎でも どちらでもよいが
 このくらいの体捌きくらい身につけておかねばならぬだろうが。

 いいなお前は、どうとでもなる触手があって。

 ふん。

 自分だって、マフィアの狗とか言ってたけど、
 ホントは犬が嫌いなんだってな。同担拒否か?

 何だその言いようは、と

組織内では寡黙という印象が強い漆黒の覇王様、
妙に口数が多くなりの、
感情のボルテージも見るからに上がって物凄い剣幕になったのを

 “…あ、なんかややこしい悶着になりそうな。”

立原はそうと感じて、コトが荒立たぬかとギョッとしたが、

 「ありゃまあ。」
 「小学生の喧嘩かよ。」

罵倒句の投げ合いという段階なのへ、
帽子を受け取った中也と、虎の子の保護者である太宰が、
苦笑交じりというなかなかに穏やかな様子で眺めやっており。
此処に広津さんが居たならば、

 『そうでしょうね。貴方がたの場合は臓腑を抉り合うような罵り合いになりますし。』

大人世代からすりゃあ、旧の双黒が繰り広げる毒舌合戦の方がよほどえげつないらしく。
それに比すれば、せいぜい仔猫の睨み合い。
可愛いもんだと温かく見守れるのだから、何という懐の深さだろうか。
とはいえ、

 「お。羅生門出るか。」
 「そっちも“月下獣”出そうだぞ。」

睨み合いが煮詰まってのこと、双方の姿勢が低くなり。
お互いの奥の手にして最大火力、とっておきの異能が発現しようという兆しを察知して、
巻き添えはご免だと震え上がったのが立原ならば、
しょうがねぇなぁという苦笑が濃くなった程度だというのが、
さすが、かつては裏社会最強という名をほしいままにした“双黒”という余裕か。

 「おら、二人ともそんくらいにしとけ。」

 「…っ。」
 「わ…。」

後輩二人を指差しつつ、その人差し指をちょいっと小さく振って、
角突きあってた若いの二人を
あっさり冷たい地べたへ叩き伏せたのが、さすがの重力遣い様。

 「そうだよ敦くん、まだお仕事の最中だ。」
 「あ…。」

貨物船に残った運搬役の身柄確保と荷物の収用が済んでないよと、
頭を冷やしたろう後輩さんたちへと歩み寄り、
身をかがめて双方へ手を貸して、
中也が放った異能を解く振りで二人ともを引っ張り上げて立ち上がらせた太宰。
敦のちょっと歪んでしまったイヤーマフを直してやり、
返す手で芥川のニット帽の上からぽふぽふと形のいい頭を撫でてやって、

 「~~~~。///////」

敦はともかく、敵陣営の黒獣の主様まで赤面させたイケメンは凄いなぁと、
事情があまり通じてはなかった立原が感心したのは、
まましょうがないことだったりする。(笑)





     to be continued. (18.02.04.~)





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 *寒いですねぇ。これからが本番なんですねぇ。
  札幌の雪まつりに冬季五輪。
  寒い中でも 思い浮かべればココロ暖まる人がいれば大丈夫vv